存在
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この時期は忙しいですなぁ…
きっとお天道さまが調節されてるんですよ^^
このところ涼しい毎日が続いていたわが家の地方。金曜日は暑さがぶり返し汗ばむ陽気になりました。全国的にそうだったのかな? 何しろエフィが旅立ち天気予報を見ることがなくなったので、そういったことにとても疎いわが家です^^;
ここ3週間ほどはとても仕事が忙しく、それに追われる毎日を過ごしていました。夜間はできるだけごろを1人にしたくなかったのですがそれもままならず。
そんな中、金曜日は休みを取りました。ごろのためではなく、別の所用のためですけど^^; 水・木曜日に仕事を切り詰めなんとか取った休日。どうしても休みを取りたい理由ができまして。クライアントとの打ち合わせなど、いくら切り詰めても休めないことが多い中、今回は休むことができました。それ自体、そういう流れなんだろうなと感じます。
エフィが旅立ち4週間近くが経つのですが、まだエフィがいないことにたいする「?感」は消えません。
確かに、つるんとした頭を撫でることはできないし、両手で顔をそっと持ち「えっこ、もひもひもひ〜^^」なんてこともできません。でも、その全てが遠くに行ってしまった感覚はないんです。そうしたことを人に話すと「まだ実感がないんじゃない」と言われるのですが、もしかしたらこの感覚はずっと消えないのかもしれません。
ぽっかりとエフィ型に抜け落ちた心は、エフィの物理的な体に対するもの。当たり前に寂しい気持ちもありますが、言葉では言い表すことができないこの感覚が、抜け落ちた心を満たしていくのかもしれませんね。見えないし、触れられないけど、ずっと、エフィはエフィのままで、確かにそこに存在してるんです^^
「エフィ型に抜け落ちた心」・・・そのことばにしっかり納得できました。
ごろさんのところにはどうしてもコメントできません。あふれるものが大きすぎます。
私は、20年もそんな思いを持ち続けています
むしろ 亡くなってなお、存在が近くなった気がします
きんぐさんは、えひちゃんにありったけの思いを行動で伝えたから
かもしれませんね。
日々、記憶は薄れていくものかもしれませんが 匂いや感触など
五感は覚えていますよ。
その感覚が忘れそうになった記憶を読み戻してくれます。
これからも先 ずーっとずっと 一緒ですよね。
寂しさが変わらないことは切ないですが、
寂しさに慣れてしまうのも怖い気がします。
それでも、ごろともども、
悲しみに暮れる時間を送ったことはありません。
エフィがいなくとも時間は流れていきますが、
エフィとの関わりまで終わったわけではなく。
この先もずっと、わが家はエフィとともにいることでしょう^^
20年、それは長いですね。でも、幸せな時間でしたね。
いやぁ、実はそれほどでもないんです^^;
エフィにしてみたら、きっと「もっと・もっと」だったと思います。
今更ながら、もっとこうしてあげれば…なんて思ったりもします。
でも、それは後悔ではありません。
あくまでも、時間が経って、今になってだからこそ思うこと。
ただ思うのは、エフィのことが大好きだということが
伝わっていればいいな、ということです^^